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非実力派宣言〜身の丈お気楽副作用〜

これでもいいんです。人の人生なんて、きっとそんなもん。

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2007.09.25 Tuesday

私のここまで

超行き当たりばったりの人生だった私は、
正直言って、私が40歳の誕生日を、普通に迎えるとは、
ほんとのところ、全然想像もしていなかったし、
なんていうか、よくもまあ、生き延びれたという感が、
正直なところ、私にはある・・・っていうか、
ある意味、感動さえ覚える。




そんな私は、あさって・・・誕生日である。




私は、1967年9月27日・・・東京都北区で生まれた。


うちの(鬼)母いわく、
「あんたは、ほんと健康優良児だったから」という、
声をそのまま受けたような成長を、
子供のころに見込んでいたようだが、
意外に病院とのお付き合いが、昔から長く、
今でも、実はわり〜と病院通いである私は、
とりあえず明日、40歳の誕生日を迎えるにあたり、
一言、感想を言わせていただくと・・・



「あら・・・意外に、人って何とかなるのね〜」


・・・っていう、そんな感じであった。




まあ、何とか・・・とか言いながらも、
とりあえず、人生が1日2日ではないので、
いろいろと紆余曲折があったにはあったのだが、
それでも、とりあえず、心臓が機能して、
肺が機能して、食欲が機能していれば、
何とかなるのね〜っていうのは、この40年の人生の感想である。


おいおい・・・40年も生きていて、そんなもんかよ?・・・って、
まあ、そんな風に思われるのかも知れないけど、
実際、人間なんで、死んだらそこまでだし、
生きている間に何があっても、とりあえず固定で動いている、
この「心臓」と「肺」と「胃」が、何とか動いていれば、
生きていけると、やっとすべての出来事を精算して、
解釈して、答えとして出たものが、これだっただけで、
あとは、働けてるうちは、何とかなるだろう・・・
別に結婚もしてないし、私が食えればいいや・・・みたいな。





まあ、思ってみれば、気楽なもんである。




しかし、その気楽さにも、やはり「金」は必要である。
だから、私は、大きくは出られないが、
細かく金儲けには、なぜかいつも走る・・・。



そして、使いまくる・・・w。


まあ、「使いまくる」という、最後のアレがいけないのであるが、
使いまくるにしても、貯めるにしても、実際お金が必要である。

思えば、私のお金の稼ぎ方は、若いころから、
かなり、変調と変化の道のりであったと思う。



そもそも、私は金儲けをしようと思ったことが、実は一度もない。
まあ、実はこれが一番よくなくて、
最初から「儲けよう」と思えば、目的も目標も作られて、
節約にもはげみ、何とかなるのだと思うのだが、
私は、そういうのが一切ない・・・ので、果てしなく使いまくる。

だから、残らない・・・のだが、とりあえず生活には困らない。

まあ、困ったら、それは実際立ち行かなくなるのだが、
今まで、困ると実感したことが、とりあえずない。


でも、そんな私・・・今までの人生で、仕事を何か起こしたり、
あるいは就業したりするときは、
なぜか「お金の交渉」から必ず入っていた。

たぶん、交渉をしなかったのは、高校のときのバイト、
それから、普通に就職したとき、
それから何か希望する仕事を見つけて、
なんとなくやってみたいと思ったときだけだと思う。


たとえば、何か仕事を見つけて、
「これはいける!」とか「これは稼げない!」とか思う前に、
まず「興味がある!」から入って、次にお金の話に入る。


・・・と言っても、まあ、お金がシビアに動く世界・・・
たとえば、証券だの金融の中心だの、
そんな世界にいたわけではないし、
そんなとこに、身を置こうっていう気はなかったし、
それに、今まで通ってきた道が、
「販売」「金融」「不動産」「モデル探し」
「水商売の裏方」「アダルト産業」の、どれかだったので、
実際、話も早いし、それから今までの経験をフル回転させて、
「こいつは、これくらいは出せる」というのを、かぎつけて、
その前に、下調べを行って、交渉から入って、契約をする。


・・・そんな感じだった。


とりあえず、私は生活が出来れば、問題ない性格なので、
余分にいただいて、どうしようっていうのは、あまりない。
だから、妙な欲は出さないはず(だと思う)・・・。

しかし、私がお金の話をしているときは、目が妙に冷静ながら、
血走っているらしい(かつて一緒に仕事をしたマイミク・・・談)。


まあ、血走っているかは、
別として、私もそうだったかもしれないが、
「人って、お金が入ると、変わるのね〜」っていう瞬間は、
これでも、山のように見てきた。


たとえば、1年前とか5年前とか今日とか・・・
羽振りも態度も違う人とか、
妙に、よそよそしかった人が、ちょっとした仕事の成功で、
急に接近してくる人とか・・・そんなの。


私も、実はいままで、数年おきに、
別に「これ!」っていう、仕事の山あてがあったわけでもなく、
しかし、時代が何とか、一緒に寝そべってくれて、
濡れ手に泡的な、お金を手にしたことが、数回ある。

たとえば、ダイヤルQ2だとか、アブトロニクスという、
ダイエット器具だとか、マンションの転売だの・・・。
(考えたら、私・・・職業がいつもあこぎね〜w。)


どこで、どういう経路で、かぎつけるのかわからないが、
そいうときだけ、見事にかぎつけて、電話をかけてくる人や、
急な投資話を、もちこんでくる人とか、いろいろいた。


残念ながら、その人たちは、こっちが断るわけでもなく、
お金の羽振りを、ある程度かぎつけると、また離れていく。

もう・・笑えるくらい、おもしろい。



まあ・・・そんなことは置いといて・・・。




でも、私のこの40年・・・っていうか、
働き出したからの22年は、そんな感じだったと思う。

もちろん、普通に会社にも勤めたし、普通の生活もあった
・・・・・・と、思う。

しかし、私は、妙に変化を求め、普通の人が「え?」と思う生活を、
好むわけではないのに、最終的には、そういう生活になり、
そこにお金がついてまわるという、そんな感じであった。




だけど・・・




40も過ぎると、いささか事情は変わってくるのかしら?・・・とか、
たまに思うこともある・・・っていうか、まあ、当然、
若いころとは、大きく違うのだから、変わるのは当然だと思う。

だけど、こんな私でも、まだ需要があって、
呼んでくれる場所があったら、また尻が軽いから、
フラフラ行っちゃいそうな気がする・・・。


そこにお金が浮いてそうなら・・・。


だけど、この時代・・・簡単にお金を稼ぐというのは、
もちろん、ないに等しいし、最終的には、
きちんと努力をした人が勝ちである・・・。

でも私は、どうしても、道がないとこに、妙に憧れて、
なければ、勝手に自分で行っちゃって、
なんとなく過ごしてしまう。



そういえば・・・今だから言っちゃうけど、
以前、日記にも書いたことがあるのだが、私は、
歌舞伎町のボッタクリバーの、
経理という仕事をやったことがある。

50店近くあった、ひとつのグループの経理を、
数人で、全部管理して、ボッタクリバーなのに、
売り上げ目標や、年間の目標、数値の計算を行い、
それこそ、女の子の面接やら、ウェイターの面接やら、
何やら、いろいろやり込んだ時期があった。

その仕事場で、ある日引き出しを開けたら、
や○ざのかたがたの名刺が、山のように出てきたことがあった。

普通だったら、そこでたぶん、お給料を放り出してでも、
最悪、引越しをしてでも、
その場で逃げて、どっかに行くのかもしれない。

でも私・・・そこで、正直思ったこと・・・



「やだ!・・・おもしろそう!・・・っていうか、
 金のにおいがするかも!!!!」



と、直感で感じたのは、紛れもない事実であった。


もちろん、その後、結構いろんなことがあった。
発砲事件とかあると、関係ないのに、
まず警察がかぎつけて、おそらく被害者宅よりも、
早く来てないか?・・・と、思うくらいの早さで、
警察が乗り込んできたりとか、
そんなこともあったりしたのだが、
それはそれで、毎日がおもしろかった。

ある程度、仕事をこなして、自主的な感じで、いろいろ手を出すと、
誰もやる人がいなかったのか、なぜか喜ばれて、
給料が、3ヶ月で3倍くらいになったこともあった。

しかし、結構実際は毎日が波乱万丈で、
木刀を持っている知らない男の人に、
朝方、閉店後・・・っていうか、私の出勤後に、
お酒のチェックをしている時、遠くから毎日睨まれていたり、
(いま思い出しても、だれだかわからない・・・)
発砲事件が結構続いたとき、事務所の指示で、
「おまえたちは外に出るな」と指示があり、
結局、雨降っていて洗濯物が濡れるのイヤ!!・・・と言い切り、
意向を無視して、家に帰った翌日に、
刃渡り30cmはあろうと思えるドスで、
ピシャピシャされながら注意されたり、まあ、いろいろと・・・。
(いま、考えたら、犯罪よね〜・・・w。)


でも、それでも、結構そこはおもろくて、長期間いたような。


だって、在籍する女の子のレンタル用のドレスを、
一気に50着とか、私の感性で買えるとか、そんな仕事一切なかったし。

そりゃ、スタイリストとかだったら、あるかもしれないけど、
規定も約束もなく「この色かわいい!」とか、きゃあきゃあ言いながら、
公然と、しかも大量に買える仕事なんか、
素人の私には絶対なかったし、
あと、経理面での業務はおろか、面接、ドリンク管理とか、
その後、調子に乗って、ワインの輸入代行にも手を出した私に、
口出しできないことを言いことに、
日々運転手つきのベンツで、やってくる上層部の人物に向かって、

「お寿司食べたいのぉ〜!!・・・○○寿司の○○が食べたいのぉ〜
 ・・・じゃないと、お仕事できないのぉ〜(叫)」とか言い放ち、
(たぶん、普通の勤務形態の人がやったら、クビも腕も飛びそうだけど)

若い人たちに、タクシーで、銀座まで向かわせて、
経理チーム6人くらいで、10万くらいの寿司を食べていたとか、
そんなこともあったりして・・・だから、やめなかったんだけど。


まあ、それでも最終的には・・・
「あとは、もうやるだけやったから、給料はあがんないわね」と、
判断したとたんに、さっさとやめたけど・・・。
(ちなみに、退社後2ヶ月で、
 強制捜査が入って、会社はなくなってけど・・・私のせいじゃないわw。)



まあ、そんなこんなである。



そんな感じの人生だった私が、正直言って、
40歳の誕生日を、普通に迎えるとは、
ほんとのところ、全然想像もしていなかったし、
なんていうか、よくもまあ、生き延びれたという感が、
正直なところ、私にはある・・・っていうか、
ある意味、感動さえ覚える。




そんな私は、あさって・・・誕生日である。
よく、生きて来れたと思う・・・世の中も捨てたもんじゃない。

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